おなやみの人80代の母親がいます。自分が50代になったころから、母親の苦労、自分が子供のころに、いかに大変な思いで、子供を育てていたかについて、考えるようになりました。母親について、考えること、思いを巡らせることについて、教えてほしいです。



ぼくにも80代になる両親がいます。母親は強く、やさしく、時に強烈で、強固な意志をもって子供に接していたと思います。僕の考える母親についてお話していきますね。
どうもです。4人兄弟姉妹の長男である、早起きネコです。
今回は母親について。僕の思い、考えをお話ししていきますね。母親の強さ、やさしさ、厳しさを思い返しつつ、懐かしい気持ちになっていただければと思います。
母は強し。やさしき。たくましき。


子供のころの写真。最近、みましたか? 50代以降の方ならモノクロとカラーが入り混じっているかもしれませんね。僕は今年(2026年)、ひさしぶりに見返しました。
生まれて間もないころ、生後1か月の写真。自分でも驚くほどかわいい(笑) それが今や、完全におっさん化してしまいました。
たぶん、歩き始めたころの写真。これまた、信じられないくらいかわいい(笑) それが今や、ヒザが痛くて走るのもきつくなってしまいました。
小学校に入学し、ランドセルを背負った写真。このころになると、かわいさが少し失われつつあります。そして今の顔の感じがうかがえる。
少しずつ成長していく過程を記録してくれていました。そのとき、母親はどんな気持ちだったんでしょうか。
母親とはそういうものだと思います。自分の命を削ってでも子供を育てる。本能に近いもの。父親とは異なる子供に対する想い。
母のやさしさに対して反抗した時期もありましたね。なんだか、言ってくることすべてがウザいと思えた10代半ば。一緒に買い物に行くのが恥ずかしい。母親が買ってきた服を着るのが恥ずかしい。マザコンと言われるかもしれないことを、密かに恐れる。
なんの得失関係もない、当時の母の言葉。むやみに反抗してしまっていた自分が今となっては、恥ずかしい。
母は、父方の祖父からは相当にひどい言葉を投げかけられていた。それを知ったのは、僕が成人し、社会人となってから。僕が子供のころは一切、そんなことがあったとは知らなかったし、母から聞くことはなかった。ずっと、自分の中にしまっていた。
80を超えた今の母は、昔のことをよく覚えている。こんなことや、あんなこと、父と結婚した当時の苦しかった生活環境のことを、ぽつぽつと話すようになった。子供たちが成人し、家庭を持ち、孫が大きくなり、自分の役割を終えつつあるのを感じているのかもしれない。
母親の強さについては、以下の本を読んだときにも、強烈に感じました。
今だからこそわかる母親の大切さ


35年前に戻れるのなら、若い僕にこう言いたい。
「母親とできるだけ、会話しろ! なんでもいいから話せ! 話せなくなるときがいつかくるのだから…」
若いころには気づかない、気づきたくないことでも、年を取れば気がつき、理解できることがあります。
母親に対する認識も、その一つでしょう。
僕は50歳となり、残りの人生を意識し始めたころから、母親と父親のことについて、考えるようになりました。すると、おどろくほど記憶があいまいになっていることに気づきました。鮮明に覚えていることがあれば、まったく記憶から抜け落ちている部分もありました。
だからこそ、今からでも遅くない。
僕の場合、未成年の時期は、父親の影響により、何かを決断し行動したことはなかったですね。高校受験も大学受験も、就職について考えた時期は、母親と相談し、アドバイスをもらった記憶はあります。
父親とよく話していたという方もいるでしょう。父親の影響を受けた印象が強い方もいるでしょう。どちらがいい、悪いということではないですね。家庭環境、父母の性格の違いによるところが大きいでしょうね。
手塚治虫の漫画、ブラックジャック。僕の好きな漫画のひとつです。セリフに強い説得力、哲学的要素があると思っています。
主人公のブラックジャック(本名:間黒男)のセリフで、次のようなものがありました。
私なら
母親の値段は
百億円つけたって
安いもんだがね
手塚治虫、ブラックジャック第5巻、p64
秋田文庫(平成8年、32版)
この言葉。読んだ当時の僕は、20代で「そんなものかなぁ」と思うだけでした。しかし、いま読み返してみるとその印象は大きく変わります。
百億円どころか、一千億、一兆円でも安いくらい。なぜなら決して代えることのできないかけがえのない存在であるからです。
ブラックジャックは他にも名言がたくさんあります。大人買いしてゆっくり読むのがおすすめです。
母への感謝の気持ちはためらいなく伝えること


母親への気持ちはなんらためらうことなく、素直に正直に伝えましょう。母親に残された時間は、私たちよりも少なく、1日の時間的価値が若い世代とは大いに異なります。
後悔するのは嫌ですね。僕は自分が50代に差し掛かり、この思いが強くなりました。
「ありがとう」、「感謝している」、「いまでも覚えているよ」 こうした母親に対する言葉は、他人からの言葉より、実の子供からの言葉のほうが何倍も心にしみいります。
もちろん、実の親であるからこそ、ときには厳しい言葉も必要です。真に親のことを思うからこその言葉。例えば、車の運転が危うくなりそうであれば、免許返納についてキツイ言葉もあるでしょう。
母親を思うからこそ、強い言葉で説得しなければならない場面もあるでしょう。瞬間的に険悪な雰囲気、関係に陥ることもあるかもしれません。
だけれども。幼少期、母親が命を懸けて自分たちを育ててくれたように、私たち、子供の側も、親への真剣な思いを伝えることが大切です。
さあ。何の遠慮もなく、ためらうことなく、気後れすることなく、言ってやりましょう。
「おかん、いつもありがとうな」
普段、感謝の気持ちをあまり伝えてこなかった子供からの意外な言葉に、母は驚き、いぶかしむかもしれません。
でも、いいんです。言い続けていれば。なんぼでもゆうてやったらええんです。
恥ずかしがるくらい、言ってやろう。ほんまに。直接でも、メールでも、ラインでも、なんでも。
だって、どんなに言いたくても言えなくなる時がやがてくるのだから。
その時になって、後悔しても遅い。遅いんですよ。それをお忘れなく…。



母親への感謝の言葉。なんだか恥ずかしくて、ほとんど言ったことが無かったのですが、言ってみようと思います。ありがとうございました。



それがいいですね。ぼくも最初は気恥ずかしくて、言葉にしづらかったのですが、今ではへっちゃらです。どんどん、言いましょう。たくさんの言葉を母親に届けましょう。









